1.過熱する米国労働市場の大統領選への影響分析 ― パート1
大統領選まで半年を切り、その争点として移民政策と経済政策(特にインフレ対策)が注目を浴びる中、ワシントンポストがトランプ陣営の移民政策と経済への影響についての分析を報じた。
少しボリュームがあるので2つのパートに分けて紹介する。
トランプ前大統領は大統領選の選挙公約として、米国内に11百万人以上いるとみられる不法移民を一気に国外追放すると明言している。
そのプロセスを加速するために抑留キャンプまで設けるという。
また、メキシコとの国境において警備官につかまった移民希望者は強制的にそれぞれの母国に送還する政策をとる可能性が高いという。
トランプは「バイデン大統領は何百万人もの低賃金の不法移民をアメリカの労働市場に入れたため、勤勉なアメリカ人の賃金と雇用機会に悪影響を与えてきた」と攻撃する。
トランプ陣営の広報担当は、「不法状態から合法的滞在許可を申請中の移民者に就労許可を与えているバイデン大統領の政策は特にアフリカ系アメリカ人とヒスパニック系アメリカ人および組合員に悪影響を与えている」とマイノリティにも訴求するメッセージを出している。
一方、経済学者やエコノミストは、このトランプの移民政策がとられると失業率はむしろ高まり、経済は今より低成長になりかねないと警鐘を鳴らす。
議会予算局の見積もりによれば、2033年までにアメリカの労働市場は新規移民のおかげで520万人の純増となり、新規移民が加わらない場合に比べ7兆ドル多く経済が成長するという。
一方、ハーバードのエコノミストによれば、特定の集団に移民が10%多く入ると、その集団の賃金を3乃至4%押し下げるが、一方でその集団の雇用主の利益が増大し、結果としてそれが生粋のアメリカ人に還元されると説く。
バイデン政権においては数十万人規模の移民・難民が合法的に米国に流入し、すでにいる非合法移民と共に賃金を押し下げるとみられてきたが、実際には賃金全般が上昇中であり失業率は低いままである。
労働市場がこのように過熱状況下でトランプが政権に復帰し、上述の移民政策が実施されれば、すでに人手不足が顕著な建設、農業などの分野を中心に大きな痛手をこうむりかねないと多くのエコノミストやビジネスリーダーが指摘している。
具体的なデータとして、不法移民を10万人国外退去させると生粋のアメリカ人9千人分の職が失われている。
例えば、レストランでは不法移民を皿洗いや炊事係に使い、店のオーナーは給仕係や店長に生粋のアメリカ人を採用する場合が多い。この場合、突然、不法移民を国外退去となれば店の運営が成り立たなくなるため。
低賃金労働や季節労働、3K的な仕事に生粋のアメリカ人は就きたがらず、かといってそうした彼らが嫌がる仕事を誰かがこなさないとその上位の仕事も危機に陥るという一蓮托生の関係にある。
同様に、建設業界ではパンデミックの影響で陥った労働者不足から未だに回復できておらず、約50万人もの人手不足状況にある。
従い、不法移民を含め、労働者の取り合いで賃金が高騰している。
この段階で不法移民を国外退去とすれば労働者の取り合いとさらなる賃金の高騰は否めない。
2. 過熱する米国労働市場の大統領選への影響分析 ― パート2
バイデン大統領は就任早々、トランプ政権が行っていた米国内にいる不法移民の摘発と国外退去を一旦停止したため、国外退去者の数は極端に減った。
ただ、その結果、記録的な数の不法移民が国境を越えて米国に入ってきたことから国境管理を厳しくし、70万人を超える不法移民を入国前にメキシコ乃至それぞれの母国に送還している。
この数は過去10年の中で最大と言う。
不法移民が米国内で職を得る方法として、入国書類の改ざんやソーシャルセキュリティーカードの改ざん或いは雇用契約などの書類の残らないキャッシュのみの非公式な仕事に就くケースが多い。
こうした仕事で生活を成り立たせている不法移民が2021年時点で米国内に1120万人と、2019年の1100万人から20万人増えている。
2020年のトランプ政権最後の年にどれだけの不法移民を国外退去にしたかは記されていないが、バイデン政権になった初年で20万人以上増えたことになり、その数字はその後3年間でかなり増えている可能性はある。
一方、農業大国アメリカの220万人もの就労者のうちなんと95万人もが不法移民の状態にあるという。
加えて30万人ほどはH-2Aビザ(専ら農業関連)という短期滞在許可である。
必ずしも人気の高くない農業はパンデミックの影響で恒常的労働者不足に陥っており、賃金を上げる形で募集をかけてきたが、不法移民の強制退去となれば人手不足と賃上げ圧力は今の比ではなくなる。
トランプはインフレを克服することも選挙公約に掲げているが、多くのエコノミストは上述の彼の移民政策が実行されたり、全ての輸入品(年間総額約3兆ドル)に少なくとも10%の関税をかけるというトランプの別の公約が実施されるとインフレはさらに進むとみている。
但し、トランプ陣営は、不法移民退去に伴う影響は特定の産業に限定され、時間と共に人手不足は他の分野から補われていくと説明している。
2017年からのトランプ政権においては合法的移民の制限も行っていた。
即ちいくつかの分野の労働者の入国は認めず、またグリーンカードを認める分野も大幅に削減している。
基本的に共和党支持の立場にある全米商工会議所もこのトランプ政権一期目の移民政策には強く反対した。
不法移民はもとより、H-2Aビザで米国に入ってくる移民ワーカーに依存するアメリカの農家やH-2Bビザで入ってくるジャマイカ、エルサルバドル及び南アフリカからやってくる労働者に炊事や皿洗い、ベッドメークの作業を依存するホテルオーナーらの中にトランプ支持者は多いようだが、この彼の移民政策には戦々恐々の様子であることを記事は伝えている。
3. 東アジア情勢 -愛知淑徳大学ビジネス学部真田幸光教授の最新レポートを弊社にてダイジェスト版化
(1) 中国・台湾
l 日台政治交流のデモンストレーション
日本の親台湾の超党派の国会議員連盟となる「日華議員懇談会」は、国会内で総会を開き、台湾の頼清徳副総統の新総統への就任式に議員団を派遣すると発表している。
頼副総統はビデオメッセージを寄せて、「台湾と日本は生死を共にする運命共同体となっている。台湾有事は日本有事、日本有事は台湾有事である」と訴えている。
一方、台湾の初代総統・蔣介石氏のひ孫で、現在、野党・国民党のホープと目される蔣万安・台北市長が5月15日、市長就任以来、初めて日本を訪問、自民党本部で麻生太郎副総裁らと面会し、日台交流の深化を確認している。
l アップルと共にさらなる成長を目指す台湾、半導体産業
ご高尚の通り、台湾は半導体関連産業が軸となっている国家である。
従って、世界の半導体産業の動向には高い関心を持っている国でもある。
こうした中、台湾国内では、
「今年はアップルが新しい iPad製品を発売するとしており、そのアップルは新製品の出荷台数の増加に向けて今、全力で取り組んでおり、年間出荷台数は10%近く増加するのではないか」
との予想が示されている。
台湾積体電路製造TSMC、鴻海その他の台湾のサプライチェーンが正にこうした期待を基にした2024年のビジネスを展開しようとしている。
尚、アップルはオンラインで春の新製品発表イベント「Let Loose」を開催し、Ultra Retina XDRテクノロジーディスプレイと高速AI(人工知能)チップM4を搭載した新型iPad AirとiPad Proを発表している。
(2) 韓国/北朝鮮
l 半導体生産能力で世界第二位を目指す韓国
「2032年に世界の半導体生産能力に占める韓国の割合は19%に拡大し、台湾(17%)を抜いて、中国本土(21%)に次いで2位となると予想される。」
との見方を、業界団体の米国半導体工業会(SIA)と米国のコンサルティング大手のボストン・コンサルティング・グループ(BCG)が、半導体サプライチェーン(供給網)に関する報告書の中で公表した。
同報告書によると、韓国の生産能力のシェアは2022年の17%から2032年には2ポイント拡大し、過去最大を記録する見込みとなっている。
2022年は中国本土(24%)、台湾(18%)に続き、日本と並び世界3位であったが、2032年は日本(15%)と米国(14%)だけでなく台湾(17%)も上回り、2位に浮上すると予想されている。
韓国のシェア拡大は、半導体工場の建設に伴う生産能力の大幅増強を前提とした予測である。
2022年と比較した2032年の生産能力の増加率は129%に上る見通しであり、米国(203%)に次ぐ増加傾向を示し、欧州(124%)、台湾(97%)、日本(86%)、中国本土(86%)を上回ることになる。
当面は、半導体が韓国の主要産業であり続けるであろうとの見方である。
尚、韓国政府は、10兆ウォン以上の、「半導体金融支援プログラム」を作り、「素材・部品・装備」や「ファブレス(設計)」など、半導体関連業種全般を支援する金融支援システムをスタートすることとしている。
米国が主導するサプライチェーン再構築と米中半導体戦争に対応して国内半導体産業の生態系を強化したいとしている。
l 好調な韓国のICT輸出
韓国政府・科学技術情報通信部は、4月の韓国の情報通信技術(ICT)分野の輸出額が前年同月対比33.8%増の170億8,000万米ドルになったと発表している。
6カ月連続での増加で、前年同月対比30%以上増加したのは2022年3月以来となる。
半導体やディスプレーなど主要品目が好調だったことが増加の背景とされている。
品目別では半導体が53.9%増、ディスプレーが15.2%増、携帯電話が15.3%増、コンピューター・周辺機器が55.9%増と好調であり、特に半導体は6カ月連続で2桁増を記録した。
ディスプレーの輸出額は16億4,000万米ドルで、15.2%増となった。
テレビやパソコンなどの需要回復により、有機ELと液晶ディスプレーの輸出がそろって増加したと報告されている。
[主要経済指標]
1. 対米ドル為替相場
韓国:1米ドル/1,351.76(前週対比+14.33)
台湾:1米ドル/32.17ニュー台湾ドル(前週対比+0.22)
日本:1米ドル/155.65(前週対比+0.07)
中国本土:1米ドル/7.2234人民元(前週対比+0.0027)
2. 株式動向
韓国(ソウル総合指数):2,724.62(前週対比-3.01)
台湾(台北加権指数):21,258.47(前週対比+549.63)
日本(日経平均指数):38,787.36(前週対比+558.25)
中国本土(上海B):3,154.026(前週対比-0.521)
4.中東フリーランサー報告28
三井物産戦略研究所の大橋さんから掲題の報告を頂きましたので共有いたします。 大橋さんからは以下のメッセージを頂いています。
前回から今回の間に、イラン・イスラエルの直接交戦と言う重大事態が発生しましたが、ガザ戦争の泥沼化共々、連日メディアで報じていますので、時事的フォローアップはそちらにお任せするとして、全体状況把握のお役に立てるように、久しぶりに中東地政学相関図のアップデートをしてみました。さらに今回は、中東情勢との関連ではあまり報道されていないシンガポールエアショウにおけるイスラエルの軍需産業の活況と、以前から気になっていたアブダビのAIクラウド企業のG42の最新動向について関連情報を掘り下げてみました。皆様の多少のご参考になれば幸甚です。お時間ある時にご笑覧ください。
大橋誠