1.帝国主義への回帰か、はたまた国益取引のためのパフォーマンスか ― 同盟国を悩ませるトランプの世界に対するメッセージ
大統領就任一か月の間に関税率の引き上げや、DOGEのイーロン・マスクを通じた省庁の人員削減、反DEIなどの政策を次々に発表、実行しつつあるトランプ大統領だが、特に内外で驚きを招いているのがロシアーウクライナ間の戦争の停戦に向けた彼の言動である。
“ロシア寄り”どころか、この戦争の原因や、アメリカにとっての問題がウクライナにあると決めつけ、バイデン政権はもとより、大多数のアメリカ国民の認識である「ロシアによる侵略」を認めず、プーチン大統領の考えそのものを受け売りしている。
トランプ政権一期目の国家安全保障担当大統領補佐官を務めたジョン・ボルトン氏は先週National Review誌に「トランプに国家安全保障の大きな構想や戦略はない。彼の意思決定は取引的であり、狙いに応じ都度変わり、逸話的で挿話的である」と寄稿した。
単に停戦実現の点数稼ぎでプーチンにおもねっているのかもしれぬが、今週のワシントンポストで、トランプの地政学の考え方(感じ方)を紹介、それに対する欧州の反応を紹介している。
トランプは、アメリカがどの国を味方とし、どの国と敵対するかを再定義するために、最初の任期以上に踏み込んでいるという。
その一つとして軍事大国が地域の勢力圏を築き、隣国に対して支配力を行使するという前近代的パラダイムを受け入れている。
専門家によれば、彼は世界史の時計を巻き戻し、かつて最大の軍事力を持つ国々が帝国を築き、弱い国々に貢ぎ物を要求し、威圧によって領土を拡大していた時代に戻ろうとしているように見えるという。
このトランプの姿勢、特に、彼がロシアとウクライナに関する合意を急ぐ姿勢は米国の同盟国を驚かせている。
「ウクライナでの戦争は、私たちにはあまり影響を与えない。なぜなら、私たちの間には大きくて美しい海があるからだ」とトランプ氏は先週金曜日に発言し、敵対国が領土征服の戦争を始めた際に米国の国益が影響を受けるとする、長年の米国の考え方を一蹴した。
トランプ氏とその支持者は、ワシントンの国際的な立ち位置を決める際に、民主党も共和党も長年にわたり一般のアメリカ国民の視点を見失ってきたのであって、自分たちは単に米国の国益を優先しているのだと主張する。
彼らによれば、より限定的な米国の国益の視点を持つことで、資源を節約し、アメリカ国民や企業に対し、より有利な貿易条件をもたらすことができるという。
ドイツの次期首相となる可能性が高いフリードリヒ・メルツ氏は、先週金曜日のテレビインタビューで、NATOの根幹をなす安全保障の保証がもはや信頼できないと語った。
「ドナルド・トランプ氏がNATO条約の支援義務をもはや完全には受け入れない可能性があることを覚悟しなければなりません」とメルツ氏は述べた。
彼はまた、ドイツはイギリスとフランスというヨーロッパの核保有国と正式な安全保障協議を開始し、その核の保護をドイツにも拡大する必要があると主張している。
これは、長年にわたり米国の核の傘に依存してきたドイツの安全保障政策からの大きな転換となる。
メキシコ湾の呼称をアメリカ湾に変えたのはパフォーマンスとしても、グリーンランドやパナマ運河の所有やカナダを51番目の州にするといった話も本気なのではないかと疑われるトランプの地政学観である。
これが事実なら中国の習近平にとっては台湾侵攻のチャンスであり、同盟国としての日本の立ち位置も安泰とは言えないであろう。
2. ミシガン州の自動車産業を分断するトランプの関税政策(ワシントンポスト)
トランプ大統領は、カナダとメキシコからの輸入品に対し25%の関税を課すと発言しているが、現在のところその発効は一時停止されている。
一方、輸入鉄鋼とアルミニウムへの関税は3月12日に発効し、デトロイト周辺の工場で生産されるすべての自動車に影響を及ぼす可能性がある。
ミシガン州の各地を拠点に、カナダと米国の間を数十億ドル規模の物資が行き交っているが、これらの関税が発効し、さらには貿易戦争に発展していくと、グローバル化や海外競争によって打撃を受けてきたこの自動車産業の地域経済を壊滅させる可能性があると経済学者や業界関係者は警告している。
ミシガン州ではこれまで自動車製造業の雇用が激減し、1990年以降、約35%減少していることが労働統計局のデータで示されている。
デトロイト地域のトランプ支持者の中には、スターリングハイツの自動車組立ラインで働く労働者も含まれており、彼らはこれまでの政府の政策が自動車労働者の雇用を十分に守らず、外国メーカーに対してアメリカ市場への無制限のアクセスを許してきたと考えている。
彼らはトランプの動きを戦略的なものと見ており、彼の一部の型破りな決定に驚かされることはあっても、アメリカ市場へのアクセスを交渉の切り札として活用する姿勢を評価し、将来の安定のためなら数カ月の不安定さには耐える覚悟だという。
「短期的には痛みを伴うかもしれないことは理解している」と語るのは、今年1月に自動車労働者として退職したミシガン州セントクレアショアーズ在住のデイブ・ワイデマン氏(65)。
「これを逆転できなければ、それこそ問題だ。でも、私たちはずっと打ちのめされてきたんだ――自動車労働者も、この街全体も。もう長い間、仕事を失い続けている。… 何か違うことをしなければならない。でも、みんな何かを変えるのを恐れている。なぜなら、もっと悪くなるかもしれないから。でも、いつかは何か違うことを試さなければならない。同じことを繰り返して破滅に向かうなんて、それこそ狂気の沙汰だよ」
ミシガン州とカナダのオンタリオ州の間では、年間約460億ドル相当の物資が取引されており、この地域は南北戦争以来、重要な国境越えの拠点となっている。
上述のスターリングハイツの市長をはじめ、地元政治家やエコノミスト、労働組合委員長はトランプの課税政策に強い反対を示しているが、この記事のポイントとして長い長い苦しみを感じてきた労働者層は、このままゆでガエルで消滅するよりは、トランプのような極端なリーダーの方が多少短期的な痛みを伴っても中長期的に地元の自動車産業を復活してくれるのではないかとの強い期待感が感じられた。
3. 東アジア情勢 -愛知淑徳大学ビジネス学部真田幸光教授の最新レポートを弊社にてダイジェスト版化
(1) 中国・台湾
l 「世界半導体民主サプライチェーンパートナーシップ構想」でトランプの批判に備える頼総統
頼清徳総統は、「世界半導体民主サプライチェーンパートナーシップ構想」を提唱している。
台湾政府は、台湾の半導体産業の今日の発展は産官学の半世紀にわたる努力の結果であり、決して他国が容易に真似出来るものではなく、今後は、台湾を軸として友好的な民主主義諸国がチップ設計、ウエハー製造、パッケージングとテストなどの半導体産業のバリューチェーンを発展させていくことを支援したいとしている。
また、頼清徳総統は、米国が台湾の半導体産業によって損害を被っているというトランプ大統領の懸念に対処する為に、米国と協議すると述べている。
トランプ大統領が、「台湾は我々の半導体事業に悪影響を与えている」との主旨の発言したことを受けて、頼総統もしっかりと議論したいとしている。
l 主要民間企業と6年ぶりの会談を行った習近平国家主席
習近平国家主席や指導部幹部は、米国との貿易摩擦を巡る懸念の中、民間企業のリーダーらと6年ぶりに本格的な会談をしている。
中国の電子商取引大手のアリババ・グループの創業者であるジャック・マー氏や、ファーウェイやBYDなど他の大手企業のリーダーらが会合に出席した。
他の著名な出席者の中には、生成型AIモデルで世界を驚かせたスタートアップ企業ディープシークの創業者である梁文鋒氏も参加している。
中国政府・国家統計局が発表した住宅販売調査によると、本年1月の中国本土の新築価格は前月より更に値下がりをした主要都市数が全体の6割に当たる42都市となっている。
前月の43都市からは減ったものの、引き続き過半を上回っている。人口減が進む地方を中心に、販売不振が続いており、警戒感が出ている。
(2) 韓国/北朝鮮
l 韓国の大企業の平均年俸は日本の1.5倍
韓国の経営者団体である「韓国経営者総協会(経総)」の調査によると、2022年時点で韓国に於ける大企業の平均年俸は8万7,130米ドルとなっており、これは日本の5万6,987米ドルの1.5倍、欧州連合の8万536米ドルの1.1倍となっている。
国民所得に対する大企業の賃金水準も韓国では1人当たりGDP(国内総生産)の157%で、日本(121%)やEU(135%)よりも高い。
それだけ人件費負担が大きく、これが企業の競争力を低下させており、また国内での賃金格差も生まれている。
l 韓国の労働者の賃金も上昇中
韓国の国会企画財政委員会に所属するイム・グァンヒョン)議員(最大野党「共に民主党」)と企画財政部によると、昨年の勤労所得税収は61兆ウォンと、前年対比1兆9,000億ウォン増加している。
就業者数や名目賃金の増加などの影響と分析されている。
昨年の常用労働者数は1,635万3,000人で、前年対比18万3,000人増加した。
昨年10月時点の常用労働者1人当たりの賃金は416万8,000ウォンで、前年同月対比3.7%上昇している。
l 世界の防衛装備品市場に進出する韓国ハンファエアロスペース
韓国の防衛産業関連企業の一つであるハンファエアロスペースはヨーロッパ最大の無人車両生産(UGV)企業である「ミルレムロボティクス」と共同技術開発に乗り出すとしている。
これを基に世界無人車両市場に本格進出したいとしている。
ハンファエアロスペースは、アラブ首長国連邦(UAE)アブダビで開かれた兵器展示会「IDEX 2025」で、ミルレムロボティクスと最新軌道型無人車両である「T-RCV」の共同開発及びグローバル市場攻略の為の戦略的パートナーシップ拡大了解覚書を締結したと発表している。
[主要経済指標]
1. 対米ドル為替相場
韓国:1米ドル/1,433.69(前週対比+7.35)
台湾:1米ドル/32.75ニュー台湾ドル(前週対比-0.05)
日本:1米ドル/150.43(前週対比+2.27)
中国本土:1米ドル/7.2533人民元(前週対比+0.0105)
2. 株式動向
韓国(ソウル総合指数):2,654.58(前週対比+63.53)
台湾(台北加権指数):23,730.25(前週対比+577.64)
日本(日経平均指数):38,776.94(前週対比-372.49)
中国本土(上海B):3,379.113(前週対比+32.389)
4.中東フリーランサー報告35
三井物産戦略研究所の元研究員の大橋誠さんから掲題のレポートを頂きましたので共有させていただきます。
大橋さんからのメッセージも下記いたします。
トランプ2.0に中東問題もさっそくかき回されています。
今までの主義主張のぶつかり合いによる停滞よりは、なんらかの変化が期待できるのかも知れませんが、だからと言ってトランプにお任せにしていると、これまたとんでもないことになりそうです。
いずれにしても、中東問題の本質が、やはり「土地問題」だと言うことを再認識させた騒ぎでした。
いつものように、皆様のご批判をお待ちします。ご笑覧よろしく。
大橋誠